【次週最終回の『宇宙兄弟』と自身の軌跡を振り返る】 完結目前記念!小山宙哉スペシャルインタビューをWeb公開 〈モーニング27号掲載〉
26/06/11
『宇宙兄弟』が、約19年という途方もない時間をかけた壮大な旅路の果てに、ついに完結の時を迎えようとしています。
大団円を控えた今、すべての原稿を描き終えた直後の著者・小山宙哉氏を直撃!
これまでの歩みの振り返りや、作品やキャラクターに込めてきた並々ならぬ思い、自身の経験と『宇宙兄弟』の結びつき、そして今現在の偽らざる心境をたっぷりと伺いました。
※本記事は、6月4日発売の「モーニング」27号に
掲載されたインタビューのウェブ再録版です。
キャラクターに合わせて自然な流れを想像することで、うまくクライマックスに繫がっていきました
──小山宙哉
緻密な伏線回収は「計算」ではなく「キャラクターが導いた必然」
クライマックスに向けて、怒濤の伏線回収が続いていた『宇宙兄弟』。かつて兄弟と深く関わり、今は他ミッションに携わる同僚や、民間企業に進んだ仲間たち、さらには世界中の「宇宙に夢を抱くプロフェッショナル」たちが最終盤のプロジェクトで再集結し、一致団結していく圧倒的な展開には、多くの読者が胸を打たれたことだろう。これらは連載初期から、すべて計算されていたのだろうか。
小山宙哉(以下、小山) あの「私たちは宇宙兄弟です」というセリフも、初期から「そこに着地させよう」と決めていたわけではありません。『宇宙兄弟』は、最初は「宇宙に夢を馳せる兄弟」という主人公たちを表すタイトルでしかありませんでした。連載開始当初にあらすじとして決めていたのは、ムッタがNASAでヒビトの打ち上げを見上げるところまで、ですね。そこから先は、描きながらどんどん構想を広げていったという感じです」
単行本㊵巻213話より
では、宇宙飛行士選抜試験で競い合った仲間たちが、まるでアベンジャーズのように再集結して主人公の兄弟をサポートする激熱な流れも──。
小山 仲間たちが方々に散らばり、そこから日本の民間プロジェクトなども含めて再集結して兄弟の帰還を見守る展開も、いわば流れに任せて生まれてきたものです。最初から明確なゴールが見えていてやったわけではありません。自分が描いてきたキャラクターにはやはり思い入れがありますし、作者としても「その先をもうちょっと見たい」というのがあるんです。たとえば福田さんが「スイングバイ」という会社に招かれる流れも、彼の資質というか、キャラクターを見ていく中で自然に決まっていきました。物語を進める上での役割として配置したわけではありません。僕がしたいようにキャラクターを動かすのではなく、キャラクターがなりたい方向に僕が合わせていくイメージです。そうやって無理のない自然な流れを想像していくと、うまいこと繫がっていった、という感じですね。
単行本㉒巻213話より
たとえ意見が違う人がいたとしても、全員がちゃんと一つの目的に向かっている
──小山宙哉
「嫌な奴」の背景を描き切る理由と、テンポ感へのこだわり
『宇宙兄弟』の作中には“変人”や“ハグレ者”は数多くいるが、“主人公の足を引っ張るだけ”というような「純粋な悪役」「不快なだけのキャラクター」がほぼ登場せず、最終的には誰もがひとつの目的に向かって情熱を注いでいく。すぐには気づきづらいが、これ自体が一つの「ユートピア的な世界観」とも言えるだろう。現実世界ではなかなか見ることができない、この「熱くも温かい物語空間」は、どのように生まれたのか。
小山 たとえ意見が違う人がいたとしても、全員がちゃんと一つの目的に向かっている。これ、最初からいわゆる“悪人”を出さないようにしていたわけではないんです。初期の溝口(大和)や新田(零次)、やっさん(古谷やすし)も、どちらかというと「変な奴」や「嫌な奴」枠でしたし、ゲイツのようなわかりやすい悪役っぽいキャラもいました。でも、キャラを描いていくうちに、僕自身が「彼らがこういう性格になったのには理由があるはず」と考えて、深く見ていきたくなるんです。で、過去を覗いてみると、そんなに悪い奴でもなかったりする。すべてのキャラクターに「そこに至った歴史」があると考えると、あるキャラクターが誰かにとっては悪人でも、その人物にとっては自分の正義、自分の中の真っ当な人生を生きているだけ。そういう見方をしていきたい、と思うようになりました。読者のみなさんにも、彼らが「普通とはちょっと違う判断」をしたときは、その背景まで知ってほしいんです。
溝口大和(単行本①巻4話より)
新田零次(単行本③巻22話より)
古谷やすし(単行本③巻20話より)
ウォルター・ゲイツ(単行本㉑巻201話より)
「悪い人には天罰が下る」というのは、あんまり描かないようにしたかった。彼らもそのまま生きていったら「そういう人生」だろうと見ているので
──小山宙哉
作中で「まったく“共感できないキャラクター”として描かれたのは、せりかを陥れようとした製薬会社の面々(㉗巻)くらいだろうか。
小山 彼らについては、まったくいいところを描きませんでしたね。もちろん、彼らもそれなりの背景を背負っているとは思います。でも、あまりにも嫌な感じの人たちなので、僕にしては珍しくそこまで追いたくない気もするというか……(笑)。ただ、読者の中には「彼らがひどい目に遭うところまで見たい」と思う人もいるかもしれませんが、「悪い人には天罰が下る」というのは、あんまり描かないようにしたいと思って。実際にそんな風になるとは限らないですし、あの醜態を多くの読者に見られ、誰からも好かれないキャラになったっていう時点で、一番の罰だなと思ったんで。「ざまあみろ」みたいなことは描きませんが、彼らもそのまま生きていったとしたら、きっと「そういう人生」だろうな、と見ています。
さらに、物語の中での人間関係における衝突や葛藤についても、ドラマ性を追求するあまりに極端にドロドロさせたり、強烈に拗れたりする展開を避けているように見える。
小山 物語を不自然にエグくしすぎないことや、テンポ感も意識しました。たとえばムッタが「ISS廃止の署名を集めている」とせりかが誤解するシーンなども、簡単には誤解を解かず、さらにややこしくすることは簡単です。でも、誤解やすれ違いは最小限に抑えて読者のモヤモヤを早く晴らし、テンポよく物語を進めたかったんです。
単行本㉑巻203話より
僕自身が美術の学校に通い、志を同じくする人たちと出会えた時の気持ちが、ムッタの「ここにいたんだ」というセリフに繫がりました
──小山宙哉
国境を越える連帯感と、美術高校で得た「仲間」の原体験
終盤、アメリカやロシア、日本など世界中が国境を越えて協力し合い、ムッタたちのプロジェクトを支援する感動的な展開が描かれた。そこにはここ数年、不安定さを如実に増している現実の世界へのメッセージが込められているようにも思える。
小山 世界情勢を明確に意識して考えていたというよりは、僕の中にある「どんな人も主人公になれる」という考えが基盤にあります。いろんな国の人を出したいし、老若男女を出したい。実際の宇宙開発でも、ISSでロシアやアメリカ、日本の飛行士同士が仲良くやっているのは普通のことです。世界情勢がどうあれ、同じ志を持った同じジャンルの仲間たちは、国の違い関係なく仕事を全うするし、同じ志を持っている時点ですでに仲間なんですよね。特に物語の舞台が宇宙ですから、その現実を自然に描けるんじゃないか、と思っていました。それこそ宇宙飛行士の選抜試験を描くにしても、誰が受かるかという落とし合いの要素や駆け引きを描く方が、少年漫画的には盛り上がるかもしれません。でも、JAXAの監修の方から「みんな仲良くなって帰っていく」という話を聞いて、やはりリアルに寄せる形で、最後には仲良くなる、というのをベースにしました。試験のときはあくまで落とし合いを意識する人がいても普通ではありますが、最後には“生涯の仲間”になっていくんです。
選抜試験中の、閉鎖環境における試験でのムッタの印象深いセリフ「ここにいたんだ」にも、彼らの“熱い仲間意識”が現れている。このセリフは、実は小山氏自身の実体験とも深く通じる部分があるという。
小山 作中のような宇宙飛行士選抜試験は、漫画の中で始めたころは、実際には存在しなかったんですよね。始まった後で、結構タイムリーに現実世界でも行われたんです。実は、このときのムッタの「同じ目標を持った仲間と出会う感覚」は、僕自身が美術高校に進学した時の体験に近いんです。同じ趣味を、志を持った仲間が集って、絵を通して通じ合える。みんな絵をうまく描こうとする目標は一緒なので、普通の中学校に通っていた頃には味わえなかった連帯感というか、会話ができる喜びがあった。そういう人たちと出会えた時に「ここにいたんだ」っていう気持ちがありました。ムッタが閉鎖環境の試験で「宇宙の話ができる人がここにいたんだ」と感じていたのも、僕のその感覚が反映されていると思います。
単行本④巻37話より
月面で会うことで終わりじゃないんですよ。
月面で一緒にミッションする、そこで過ごす日々が二人の夢なんですよね
──小山宙哉
物語の終盤「月面で兄弟が再会する」というシーンの強烈なインパクトに満足した一読者としては「ここからはエピローグか」と思いきや、そこから兄弟を怒濤の試練が襲う展開に圧倒されてきた。個人的には最高にドラマチックな演出を楽しみつつも「なぜ、そこまであの兄弟を苦しめるのか」と、つい文句の一つも言いたくなるが……。
小山 物語の終盤、月面でのムッタとヒビトの再会シーンは、僕自身も「すごいハッピーエンドやんか、これで終わったらいいんちゃうか」と思うぐらいの、ピーク的にいいシーンになりました。でも、そこで終わったら本来の二人の夢が達成したことにならない。「月面で会うこと」だけでなく「月面で一緒にミッションをして過ごす日々」。それが彼らの夢なんですよね。だから、そこから先を描かないといけなかった。また、物語としては、やはり二人が大きな障壁を乗り越えるところを描きたい、というのはありました。そう考えると、やはり「トラブルを起こすしかない」というか。宇宙人とかが急に出てきて邪魔しだす、とかなら新たな展開にはなりますが、流石にそれは違いますからね(笑)。
二人を襲う「試練に次ぐ試練」の展開を作り上げる際に、苦労した部分を聞いてみた。
小山 大きな流れとして、最後にムッタとヒビトの二人で地球に帰還する、という情景を理想としていました。しかし、チームで月面に行っている中で「兄弟二人だけになる」という状況を作るのは、なかなか難しかった。自然に見えるようにするためには、考え得るさまざまなトラブルを、あえて起こさざるを得なかったんです。たとえば吾妻(滝生)がリーダーとしてハッチを開けに行き怪我をする、というのも、キャラの自然な行動の結果として、兄弟が二人きりになる状況に繫がっていきました。決して不自然にならないよう、うまいことキャラが自然に動いていく流れに持っていけたかなと思います。
単行本㊸巻395話より
次回作への展望と、約19年の連載を終えた現在の偽らざる思い
すべての原稿を描き終え、著者としては真の完結を迎えた今。小山氏は約19年の道のりをこう振り返る。
小山 単行本が18年、連載から数えると19年弱。そんなに経ったかな、という感じです。時間がかかっちゃったな、という反省ばかりですね。休み休みやって、読者の方を待たせてしまったなと。でも、週刊連載のペースを守っていたらどうだったかと考えると、今のクオリティではできていないと思うし、面白くなくなっていた可能性もあります。お待たせしすぎて申し訳ありませんでしたが、その分、描きたいことを描き切れたと思っています。「なんでこんなことになってしまったんや」みたいな後悔は一つもなく、漫画の内容として理想のものが描けました。1話1話、納得のいく話を描けているので、漫画家としてはすごく幸せですし、心の健康を保てたかなと。初の長期連載でしたけど、かなり満足しています。これから先も、何年も読み続けてもらえると思うし、これから読む人も楽しんでもらえると思っています。
400話を超える全エピソードの中から、小山氏自身が気に入っているエピソードとして挙げてくれたのは、比較的初期の「#165 プリティ・ドッグ」だった。
単行本⑰巻165話より
小山 『宇宙兄弟』というタイトルながら、ムッタとヒビトが二人揃う話が、特に前半は少ないんですよね。ここで初めて、大人になった二人がガッツリ腹の中を見せ合った、印象深い回です。ヒビトのPD(パニック障害)とプリティ・ドッグをかけた、最後のセリフも好きですね。「雨が降ったままでも、ヒビトの心は晴れている」というシーンを、自分としても気持ちよく描けたことを覚えています。
単行本⑰巻165話より
次回でいよいよ完結を迎えるにあたり、小山氏自身の次回作への展望について伺った。
小山 次回作については、ホラーやミステリーなども含め、描きたいものがたくさんあります。ただ『宇宙兄弟』が長すぎたので(笑)、次はあらかじめ終わりを見据えて、映画1本になるのにちょうどいいくらい、長くとも5巻くらいまでの短い作品をいくつか描けたらいいな、と。ジャンルも未定ですし、具体的にはまだ見えていませんが、基本的に「リアルな人間群像」を描くという物語の作り方は、変わらないと思います。
最後に、共に歩んできた読者のみなさまへ、小山氏からのメッセージを頂いた。
小山 大変お待たせしてすみませんでした。こんなに時間をかけてしまって心苦しさはあるんですけど、お待たせした甲斐があったと思える満足いく出来にはなったので、ぜひラスト2話を楽しんでいただきたいです。最終巻が出たら、少し手前の巻から連続で読んでみてもらえると、より没入感があって楽しめるのではと思っています。 🚀
聞き手=奥津圭介