漫画脚本大賞事務局 これまで小説を書いていたけれど原作も書いてみよう、と思っている方から聞かれることがあるんです。「漫画家さんにわかるように書くには、どこを注意すればいいですか?」と。確かに、小説とは書き方が違うなと。
樹林 違いますよね。僕は、絵を頭に浮かべながら書いています。
——絵は漫画家の領分だから関係ない、ということではないんですね。
樹林 そうですね。それと、同じ場面を描く時でも、小説と漫画ではどう表現するかが違ってくる。例えば『マリアージュ ~神の雫 最終章~』
(亜樹直名義、姉・樹林ゆう子との共同原作/漫画 オキモト・シュウ)で、和の「おうべるじゅ」か洋の「オーベルジュ」かを選ぶシーンがあるんだけど
(5月16日発売「モーニング」24号掲載予定)、和の人はテーブルに置かれた食器から箸を、洋の人はフォークを手に取って上げる、という方法にしたんです。姉は脚本のその部分を読んで「投票とか、札にどちらを選んだか書いて上げたほうがいいんじゃない?」って言ったんですよ。「そうかも」って一瞬思ったんだけど、目を閉じて絵を思い浮かべた時に、違う、やっぱり箸とフォークだ、と思って。
——なぜですか?
樹林 だって、箸とフォークならパッと見て、一瞬でどっちが勝ったかわかるでしょう。文字だったら、何が書かれているかをいちいち読まなきゃいけないのでわかりづらいし、絵で見た時に、箸とフォークの方がおもしろいに決まっている。小説だったら、投票で書くと思うんです。「和が何人で洋が何人だった」って地の文で書いて済ませられるから。これが漫画と小説の違いです。あと絵がない状態で箸やフォークをそんなふうに使う場面を書くと、行儀が悪いとか、汚いことをしているように思われてしまうかもしれない。絵があれば、そのインパクトの方に意識が向いて、そういう話にはなりにくい。
——原作者が絵を描ける必要はないんですよね。
樹林 描けなくていいです。映像的な感覚があればいい。思い浮かべられることが大事。それに、美しい文章が書けなくてもいいんです。ただ「箸を上げた」って書けばいいだけなんだから。
漫画脚本大賞事務局 応募者には凝った地の文を書いてくる方もいますが……。
樹林 いらない、いらない! 雰囲気を伝えなきゃいけない時は、凝った書き方をしてみることもあるけど、基本的にはフラットな文でいいんです。
——ほかにも小説と漫画原作の違いはありますか?
樹林 小説は1冊通して読んでなんぼだと思いますが、漫画の場合は数ページに1回くらい、ちょっとしたサービスを入れています。そうしないと、読者はすぐ読むのをやめちゃうので。
——ということは……先ほど頭の中に絵を浮かべるとおっしゃっていましたが、それだけではなくて頭の中でページ割りやコマ割りまで考えながら、脚本を書いているということでしょうか。
樹林 はい。頭の中で、コマも割っています。僕は漫画編集者だった時から、ネームは切っていたので。
——ただ今回、文字だけの賞になるので、コマを割ることをイメージできない方もいるかもしれません。
樹林 だとするとこれは大きいアドバイスになると思うんだけど……自分が書いた原作をもとに、コマを割ってネームにしてみたらどうでしょう。編集者だった時は、新入社員に必ずやるように言っていたんですよ。自分で書いたプロットだったり、僕が書いたものだったりもしたんですけど。なぜそれをやるかというと、漫画家の立場になってみる必要があるから。漫画家が持ってくるネームを直すのが編集者の仕事だから、自分で一度やってみないとアドバイスもできない。コマを割って、セリフ入れて……人物なんてマルチョンの絵だけでいいんですよ。ヘタでいいんです。おもしろい原作なら、ヘタでもおもしろくなる。おもしろくならなかったら、その原作はダメということです。
——まったくやったことがなくても、できるものでしょうか。
樹林 うーん……できると思いますよ。漫画原作者になろうとしているなら、漫画はたくさん読んでいるはずだから。漫画をろくに読んだことがなくて漫画原作を描こうというのは、考えが甘い。人一倍、漫画を読んでなきゃ。音楽を聴いたことがない人が作曲してもだめでしょう。
——大前提ですね。
樹林 そう。「金になりそうだから」なんて気持ちで始めても、一銭にもならないまま終わるよ(笑)。
アイデアが入っていなければ、設定にはならない
——原作を作る時、まず何から考え始めますか?
樹林 設定ですね。そこがキモじゃないですか。
——設定というのは、例えば舞台は会社で主人公は営業マンで……というようなことでしょうか。
樹林 それもそうなんだけど、やっぱりそこに何かアイデアが入ってこないとだめなんですよ。
——アイデアですか。例えばどういったことでしょう。
樹林 『約束のネバーランド』っていう漫画がありますよね。孤児院の話ですが、それだけ思いついても設定にはならない。どういう孤児院なのか……誰も外に出たことがない謎の孤児院……というところまでできた時点で、初めて設定になる。
——「誰も外に出たことがない」というアイデアまで含めて設定、ということになるわけですね。比較的新しいところで……『島耕作の事件簿』(原作 樹林伸/漫画 弘兼憲史)の場合はどんな設定からスタートされたのでしょう。
樹林 あれは「島耕作が追いつめられる」っていうところからですよね。じゃあ、どういう状況だと一番追いつめられるかな?と考えて、ハッと目が覚めたら隣に自分のネクタイを首に巻かれて死んでいる女がいたら……と。これは絶体絶命だ、となるじゃない。
——あのファーストシーンはインパクトがありました。では地上げなどが絡んでくる、時代性みたいなところは後から入れていったということでしょうか。
樹林 そうですね。バブルの頃って大混乱の時期だったから、結構色々とおもしろいことがあって。時代をそこに持ってくると素材は揃うなと思いました。
——ストーリーは「こっちの可能性もあるのか?」と探りながら決めていくのか、それとも1本でまっすぐいけるのか、どちらなのでしょう。
樹林 あれは1本でいけたと思います。でも2種類作っておいたほうがいいんですよ。偽のストーリーと、本当のストーリー。そのギャップが大きければ大きいほど意外性があっておもしろくなりますよね。意外性と謎。この2つが入っていると、ストーリーはおもしろくなるので。恋愛漫画でも、サッカー漫画でもこの2つは必要です。
——「偽のストーリー」というのをもう少し詳しく教えていただけますか。
樹林 「読者がこう読んでくれたらラッキー」というストーリー。作者は「本当はそうじゃないよ」というストーリーを持っている。
——表面上で違う物語に見せかけておく、ということですね!
樹林 そうなると、読者は、後でひっくり返るでしょう。
本物のキャラクターは、人間臭い
樹林 (話をしながら、突然、横でチョコレートを食べている編集者に向かって)チョコレートうまい? 2個目だよね(笑)。
——あっ! 以前、別のインタビューで「人と会って話したり、なんか違うこと考えたりしてるときに、頭が活性化する。目の前のことと、それ以外のことについても、ちょっとずつ頭のどこかで考えてるんですよ」とおっしゃっていましたね。まさに今、違うところにも意識を向けていらしたんだなあと思いました。
樹林 まあ、落ち着きのない人間なんでね。普段からチラチラいろんなところに目が行くんですよ。だっておもしろいじゃない? 人が話してる時に横でふんふんとか頷きながらモシャモシャ食ってるやつって(笑)。
——確かに漫画っぽいですよね。それがもうキャラクターになりそうです。
樹林 そうだよね。だからこうやって人間観察をしておく必要はあるかな。なにか変なこと、引っ掛かりのある行動をするキャラクターが出てくると、漫画はおもしろくなる。当たり前の行動しかしない人はモブにしかならないからね。
——おもしろいキャラクター、変わった人を出そうとすると、ついがんばって「作ろう」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、それではダメだということですね。
樹林 嘘くさくなっちゃう場合があるんですよね。本物のキャラクターって、どこか人間臭い。
——人間臭いキャラクターが書ける原作者であるためには、日々をどう過ごすといいでしょうか。
樹林 人と接することじゃないですか。ネットにかじりついているだけではダメですよね。アイデア一発でストーリーテリングができる原作者も中にはいるんだけど、そういう人は1作で終わってしまう気がしますね。漫画原作者って1作で終わったらなんのうまみもない仕事なんですよ。続けられることが大事。
——そこは絵も描く漫画家とは違うところですかね。
樹林 漫画家の場合はものすごいヒット作が出たら、その一発で一生やれることもあるんですよ。次も「あの絵の人」の漫画を買おうっていう求められ方をしますから。お客さんは、絵についてくるんじゃない? 「あの原作の人」の漫画を買おうという人はあまりいない。だからおもしろいものを連発できないと、生きていけないんです。
——それは……ものすごく大変なことのように思うのですが、樹林さんのお仕事ぶりを拝見していると、とても軽やかにというか楽しそうに、エネルギッシュにやられているように思えます。
樹林 同じことをあまりやらないからじゃないですかね。本当は同じことをやると、当てる(ヒットする)確率は高くなるんですよ。例えば次にまたサッカー漫画の原作を描いて、当てる自信はあります。編集者として『シュート!』(大島司)に関わって、『エリアの騎士』
(漫画 月山可也)で原作
(伊賀大晃名義)をやって、サッカー漫画の作り方はわかっているから。でも僕は、新しいことをやりたい、と思ってしまう。
——それはご自分が飽きずに、楽しくやれるようにでしょうか。
樹林 そうそう。そうじゃないと続かないですよ。やったことのあるジャンルは、経験から、どれくらい売れるか、数字もだいたい見えてしまうんです。チャレンジングなジャンルは数字が見えないから、受けるかも知れないし、全然ダメかもしれない。だからおもしろいんです。
グルメ漫画にスポーツ要素など、別ジャンルの要素を取り入れよ
——これも以前おっしゃっていたことなのですが、頭の中で起承転結を組み立てておいてから、「ウワッと」一気に書く、と。闇雲に書き始めるのではなく、ある程度頭の中で出来上がってから、なのですね。
樹林 書く時間自体は短いですね。でも、日常の中で、ずっと「あの漫画どうしよう」ってずっと考えているからね。入れ替わり立ち替わり、いろんな漫画のことをね。だからさっきも言ったけど、一つのことをずっと考えていたと思ったら、急に違うところに考えが行っちゃうんだよ。だから家族にもよく「人の話、聞いてないでしょ!」って言われるんだけど。
——そうやって、並行して物事を考えたり、仕事を進めたりするほうが頭の中の風通しがよくなる感じがします。絶対にこれを書かねば!とかこのことだけを考えなければ!と思いこみ過ぎると、袋小路にはまって逆にいつまでも書きあがらないような……。
樹林 とにかく書き終えることが……完成させる力みたいなものが大事ですね。ただ、僕は仕事としてたくさんの作品を並行して書いてしまっていますが、新人のうちは、ある程度集中したほうがいいような気はしますけどね。ただ、いろんな考え方を取り入れていくのは大事だと思いますよ。
——具体的に、どういったことでしょう。
樹林 グルメものを書いているとしたら、そこにスポーツものの要素を入れていく、とか。実例を挙げると……『美味しんぼ』で、パワーをつけようと食べた生のにんにくで胃腸を壊した野球選手に、にんにくのおいしくて正しい取り方を教える、という回があって
(13巻「にんにくパワー」)。これなんて、グルメ漫画に、スポーツの要素を加えているでしょう。
——ぐっと幅が出ますし、目新しくなりますね。
樹林 そういうスキルは、新人の方にもあってもいいんじゃないでしょうか。
新しいジャンルを開拓する人に出てきてほしい。僕は2番目にそれを書く(笑)
——これは原作志望者向けではなく、漫画家志望者に向けての言葉だったのですが、「物事を批判的に見ないこと」が大事だよ、ともおっしゃっていましたね。
樹林 そうだね。自分の書いた作品の中にも、おもしろいところを探さなくちゃ。悪いところを探そうとする人は、そもそもクリエイターに向いていないですよ。悪いところを探すのは、編集者に任せればいいんだもん(笑)。
——あら捜しをするような目線にはならないほうがいい。
樹林 そう思いますよ。自分で自分のおもしろいところを探して、そこを伸ばして書いていった方がいいに決まっている。欠点なんて、あったっていいんだよ。欠点とか、つっこみどころがあるけど、読むとおもしろいっていう作品はたくさんありますよ。どうせつまんないと思って読んだら、おもしろいものもおもしろく読めない。
——先ほど漫画原作者は「人と接すること」が大事だとおっしゃっていましたが、ほかに何かしておくことはありますか?
樹林 まずは漫画を読むことですね。たくさん読むことは大事なんだけど、読む漫画のジャンルも、よく考えた方がいいと思います。例えば、萌え系のような漫画は、市場もすごく大きくていいと思うんだけど、漫画原作者には仕事が回ってこないと思うんですよ。だから、漫画原作者が必要そうなジャンルの漫画を読んでおいた方が有利です。
——今後、どんな漫画原作者が出てくることを期待されますか?
樹林 新しいジャンルを開拓できる人。僕自身も、ミステリー漫画っていうジャンルを開拓したわけですけど、今まで誰も書いたことがないようなものを書く人が出てくるといいなあと思います。
——今、本当にジャンルの細分化が進んでいて、飽和状態のような感じもあるのですが、それでもまだ新しいジャンルがあると。
樹林 絶対ありますよ。新しいジャンルが出てきたら、僕それについて行くから(笑)。最初に出てきたものを研究して、2番目にやるほうが、おもしろいものになるんだよ(笑)。
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取材・文=門倉紫麻